行政刷新会議による「事業仕分け」に関しての見解

慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 2拠点、「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」拠点リーダー 末松 誠と、「幹細胞医学のための教育研究拠点」拠点リーダー 岡野 栄之 からの 共同声明

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平成21年9月16日に鳩山内閣が発足し、従前の政権運営の基本方針が一新されました。これに伴い、行政刷新会議の事業棚卸し(いわゆる事業仕分け)において、科学技術予算に対し、種々の縮減や見直しという方針が決定されつつあります。

事業仕分けの中で指摘されていたように、長年の慣行や縦割り行政の弊害によって蓄積された非効率的な支出を削減しなければならないことは間違いありません。また、多くの国民の方々にとっては、今回の仕分け作業ではじめてそのような研究分野があったことを知り、短期的な経済還元が見込まれない分野に対して多大な支出がなされていたことに、不可解さを感じた方も少なくなかったと仄聞します。

しかし、国土も狭小であり、さまざまな資源に乏しい日本にとって、科学や技術は国際競争力や存在感を維持するために必要であり、そのためには持続的な科学研究活動の継続が必要なのは言うまでもありません。にもかかわらず、今回の事業仕分け作業が、研究者コミュニティにおいては基礎科学を切り捨て、日本において純粋科学研究はもはや必要とされない、というメッセージと受け取られ、深い失望を生んでいます。私たちは、こうした現状に深い憂慮を抱いています。科学研究に必要な原動力は、その研究資金であるのはもちろんのこと、現場における研究者のモチベーションであるからです。

今回の一連の仕分け作業において、若手研究者に対する研究費支援もその対象となり、削減という結論が示されました。とりわけ、G-COEに関する予算も大幅に削減するという厳しい見解が示されています。G-COEは優秀な大学院生に最先端の研究機会を与え、近い将来に教育を施す重要な役割を担っています。現に、G-COE施行後の若手研究者世界的な論文誌への掲載率は向上しているにもかかわらず、です。こうした行為自体が若手研究者のモチベーションを低下させていることを強調しなければなりません。常識に縛られず、斬新な視点からの研究を行うことができるのは若者の特権です。にもかかわらず、若者のモチベーションを失わせるような事態を招来することが果たして正しいのでしょうか。また、若者はやがて成熟し、知識や技術の伝達する役割を負っていきます。つまり若者を冷遇し切り捨てていくことは、わが国の科学的伝統を放棄することにほかならないのです。

現在日本の国家予算が逼迫していることは事実です。ただ、日本と同様に潤沢でない予算で国家を運営せざるを得ないインドと比較した場合、わが国の若手支援が手薄になっていることは明らかです。インドは多くの人口を抱えながらも永きに渡り複雑な社会階級制度を持ち、国家成長戦略を描ききれずにいました。しかし、21世紀にいたり、彼らはITなどの先端科学分野において手厚い人材教育を行い、国際社会におけるインドの存在感を発揮させようと努力しています。省みるに、わが国における若手研究者支援の切り下げという方向性は、科学政策上重大な過失といわざるを得ません。

『真理はわれらを自由にする』という言葉があります。基礎科学は、単純な利益だけではなく、人の来し方を明らかにしたり、宇宙の法則性を示すなどの成果によって、人間を『超自然的』な存在への隷属から開放し、王権神授説のような蒙昧のくびきから解き放つことで、人は本質的に平等であることを示してきました。言い換えれば、科学は人類にとっての夢でもあり、希望でもあったのです。

今回の事業仕分け作業は、単純な利益追求を目的として行われたわけでないことは、内容を精査すれば理解できます。しかし、今回の事業仕分けの方法論は、基礎科学を捨てろというメッセージと見まがうようなものでもありました。夢や希望を捨てろというメッセージは、短期的な金銭は得ることはできても、わが国にとって決して有益であるとはいえないでしょう。ぜひとも鳩山内閣や民主党の皆様におかれましては、今回の仕分け内容を、再考していただくことを提言いたします。

その一方で、世界的な経済不況や、国内における経済動向をかんがみるに、国家予算が縮小していくことも止むを得ない状況ではあり、そうした流れの中で、科学予算のみを聖域として支出の拡大を求めていくことは困難であること、また、国民の政治意識の変化に伴って、予算や法の執行にあたっての説明責任を求める声も大きくなっていることは、科学に携わる人間はこれまで以上に認識する必要があると考えています。

そうした意味から、持続的な科学研究活動の継続のために、研究プロジェクト内における研究コスト削減意識の向上やプロジェクト遂行に伴う、意思決定システムの構築など、研究ガバナンス意識を高めることも必要であると同時に、一般社会との相互対話の活発化も必要であると考えています。科学研究費の削減が不可避であるというのであれば、単純に研究資金の削減だけではなく、削減した費用を活用することで、前記のような新しい研究ガバナンス構築を行うための研究への支援をご検討いただくよう提言します。

旧弊を打破するために樹立された政権が、新しい形の科学像、そして未来像を描き、国民の期待に沿い、人類の未来に貢献する英断をされることを祈念しております。

2009年11月25日

慶應義塾大学  グローバルCOEプログラム

「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」 
拠点リーダー 末松 誠

「幹細胞医学のための教育研究拠点」
拠点リーダー 岡野 栄之

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